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2ch発!24時間放送を目指す放送局 ジャーナリスト宣言

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結局
教育なんてはめ込み通し付けですよ、
えらい人はその辺のところがわかっとらんのです!

子供に自主性?自由?権利?
そんなものは自分で飯代稼ぐようになってから行ってもらおう。
2006-04-17 月 09:24:01 /URL /しわよせん /編集

その自己や自主性を構築する基礎として、
必要な学力と道徳教育があるべきだと考えます。
2006-04-17 月 17:45:29 /URL /専守 /編集

「テストの点数や偏差値では測れない総合的な力が必要だ」
と、ゆとり教育を始めたにも関わらず、
「テストの点数や偏差値が低下して来ているのは問題だ」
と、ゆとり教育が誤りであったと言う文科省。
何がしたいのかわからない。
2006-04-17 月 20:55:37 /URL /白神 /編集

だったら最初から止めとけや、と云うお話であります。
僕の学芸会と遠足を返して下さいませ。

そもそも総合的な力とは何なのでしょうか。
其れは基本的な学力の定着と云う土台が必要なのではないでしょうか。
しっかりとした土台も無しに、総合的な力と云う建築ができるのでありましょうか。

白神様は教育大で御座いましたね。
拙者の稚拙なブログを時間を割いてお読み頂き光栄であります。
2006-04-17 月 21:03:18 /URL /専守 /編集

私はゆとり教育の実情には憂いを抱いておりますが、
ゆとり教育の本来の方向性には賛成と言う立場であります。

例えば、私は社会科教員養成課程に在籍しておりますが、
今後私が教壇に立つことになっても、
生徒に年号を覚えさせるつもりはありません。
年号などというものは調べればわかるものです。
調べればわかるものを覚えさせることに意味が無いとは申しませんが、
プライオリティが高いとは決して思いません。
重要なことは、ものの調べ方を教えることでは無いでしょうか。

情報化が進んだ現代に於いては、
調べればわかることを覚える意味はますます小さくなって来ています。
今後ユビキタスが普及するようになれば、
人々は今以上に容易に情報に触れることが出来るようになるでしょう。
その上で必要な能力は、知識を暗記する能力ではなく、
膨大な情報の中から正しくて必要な情報を取捨選択し、
その情報を正しく読み取る能力なのではないかと思います。

尤も、その能力は容易に身につくものではなく、
反復演習が必要となります。
その反復演習までもを削減していこうと言う、
ゆとり教育の運用に関しては大いに疑問を抱いております。
2006-04-23 日 15:08:30 /URL /白神 /編集

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文部科学省、「公立塾」設立へ 日本の教育を改革せよ

【教育】"学力格差の解消が狙い" 経済的理由で塾に通えぬ小中学生に「公立塾」…文科省

経済的理由などで塾に通えない子どもを支援するため、文部科学省は来年度から、
退職した教員OBによる学習指導を全国でスタートさせる方針を固めた。

通塾する子どもとの学力格差を解消するのが狙いで、
放課後や土・日曜に国語や算数・数学などの補習授業を行う。

来年以降、団塊世代の教員が相次ぎ定年を迎えることから、文科省では
「経験豊富なベテラン教師たちに今一度、力を発揮してもらいたい」と話している。

教員OBによる学習指導は、希望する小・中学生を対象に、放課後や土・日のほか、
夏休みなどの長期休暇を利用し、小・中学校の教室や公民館、児童館などで行う。
受講は無料とし、テキスト代などは参加者に負担してもらう方向で検討する。

教員OBの確保は、講師希望者を事前登録する「人材バンク」のような制度の
整備を目指しており、計画が固まり次第、各都道府県教委などに協力を呼びかける。
講師への謝礼などについては、今後さらに協議する予定だ。

文科省は、長崎市で2003年7月に起きた少年による男児誘拐殺人事件などを受け、
地域住民と子どもたちが一緒に遊びやスポーツを楽しむ「地域子ども教室」を
推進している。教員OBによる学習指導は、この事業を拡大する予定で、
各都道府県を通じ、市区町村に運営費用を支援する。



だったら学校の教育のクォリティーを上げろと。
問い詰めたい、小一時間問い詰めたい。

テキストも結局は親が負担か。

蛇足だが中国なんかは塾の経営は禁止だそうな。

日本は教員の努力に応じて給与が変動するって仕組みも無い。
どんなダメ教師だろうが努力した教員だろうが、その評価は均一なわけだよ。

学習のカリキュラムもかつての教育立国日本とは思えぬほどの
スカスカの薄っぺらな内容。総合学習の時間をもっと割けないものかね。
総合学習課程の新設で学習内容が削減されたのはもちろんのこと、
我々の場合は小学校の頃に遠足や学芸会などの重要な行事が
総合学習の導入で無くなってしまったという事もあり、全くよい印象が無い。

多少は詰め込む形になっても構わない。
教育立国日本の子供の学力を回復すべく、僕は詰め込み型の教育の復活を願う。

今では小学生は宿題を出さなくと怒られぬらしいではないか。
小学校の頃から適切な学習習慣を身につけることは必要ではないのか。
そして塾など無くても努力次第で平均以上の学力を取れるだけの
授業のクォリティーを確保すべきではないのか。

日本の教育は死んだのか。
日本は明治維新後に人材の育成に心骨を注いだ。

ゆとり教育などという生ぬるい教育を抜本的に見直す時期が来ている。





そういう僕なのですが、勉強なんてぜんぜんできません。(ぁ
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結局
教育なんてはめ込み通し付けですよ、
えらい人はその辺のところがわかっとらんのです!

子供に自主性?自由?権利?
そんなものは自分で飯代稼ぐようになってから行ってもらおう。
2006-04-17 月 09:24:01 /URL /しわよせん /編集

その自己や自主性を構築する基礎として、
必要な学力と道徳教育があるべきだと考えます。
2006-04-17 月 17:45:29 /URL /専守 /編集

「テストの点数や偏差値では測れない総合的な力が必要だ」
と、ゆとり教育を始めたにも関わらず、
「テストの点数や偏差値が低下して来ているのは問題だ」
と、ゆとり教育が誤りであったと言う文科省。
何がしたいのかわからない。
2006-04-17 月 20:55:37 /URL /白神 /編集

だったら最初から止めとけや、と云うお話であります。
僕の学芸会と遠足を返して下さいませ。

そもそも総合的な力とは何なのでしょうか。
其れは基本的な学力の定着と云う土台が必要なのではないでしょうか。
しっかりとした土台も無しに、総合的な力と云う建築ができるのでありましょうか。

白神様は教育大で御座いましたね。
拙者の稚拙なブログを時間を割いてお読み頂き光栄であります。
2006-04-17 月 21:03:18 /URL /専守 /編集

私はゆとり教育の実情には憂いを抱いておりますが、
ゆとり教育の本来の方向性には賛成と言う立場であります。

例えば、私は社会科教員養成課程に在籍しておりますが、
今後私が教壇に立つことになっても、
生徒に年号を覚えさせるつもりはありません。
年号などというものは調べればわかるものです。
調べればわかるものを覚えさせることに意味が無いとは申しませんが、
プライオリティが高いとは決して思いません。
重要なことは、ものの調べ方を教えることでは無いでしょうか。

情報化が進んだ現代に於いては、
調べればわかることを覚える意味はますます小さくなって来ています。
今後ユビキタスが普及するようになれば、
人々は今以上に容易に情報に触れることが出来るようになるでしょう。
その上で必要な能力は、知識を暗記する能力ではなく、
膨大な情報の中から正しくて必要な情報を取捨選択し、
その情報を正しく読み取る能力なのではないかと思います。

尤も、その能力は容易に身につくものではなく、
反復演習が必要となります。
その反復演習までもを削減していこうと言う、
ゆとり教育の運用に関しては大いに疑問を抱いております。
2006-04-23 日 15:08:30 /URL /白神 /編集

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