連合国の皆様にご好評いただいておりました、海上自衛隊の「インド洋でゲット!洋上給油プレゼントキャンペーン」は、弊社の都合により11月1日でサービスを終了することとなりました。ご愛顧していただいた米海軍ならびにその他海軍のお客様には謹んで感謝の意を申し上げるとともに、これからも海上自衛隊とシーレーンをどうかよろしくお願いいたします。
・・・というわけで、テロ特措法の期限が来月初日を以て間も無く切れようとしている。
はっきり言ってここで読者諸君に期待されているような「洋上給油の燃料が目的外に使用されたかどうか」だとか、そういうのは
ぶっちゃけどうでもよい。 冒頭の悪辣な風刺はそのまま推敲して「世界」か「週間金曜日」あたりに載せてしまいたいぐらいなブラックジョークだが、正直、海上自衛隊が米軍の無料ガソリンスタンドだろうが何だろうが、どうだって構わない。
はっきり言っておこう。
我々がインド洋に旭日旗を立てた、この軍事的プレゼンスのみに大きな意味がある。洋上給油は米軍支援という目的のための手段ではない、洋上給油のためにそこにいるということ自体が目的なのである。
「対米追従だからダメ」だの「燃料が他のことに使われちゃうからダメ」だの、もうそういうのは論外であるとしか言いようがない。
例えばイランで戦争が起きたとしよう。するとペルシャ湾等を経由して我が国へと石油を輸送する船舶はどうなるだろうか。たちまち航行が危険に晒されることは言うまでもない。
ここで日本国への石油を運ぶ船舶の航行を守ることになるのは誰か?他ならぬ米軍ということになる。
かつての防衛庁長官で、今や防衛大臣である石破茂はその記者会見にて「新法はメニュー法」と発言している。レストランのメニューを想像すればわかるだろうが、それと同じように、おそらくはあらゆる遠洋への海上自衛隊の展開を、メニューを選ぶかのごとく、容易に可能とするための根拠となる法律になるであろうことが推測できる。
テロ対策特別措置法の意味は、まさにここにあった。我々が軍事的プレゼンスを発揮できる範囲を大幅に拡大するための法的手続きを規定するまでの途中経過に過ぎなかったのだ。洋上給油のためにそこにいることが手段ではなく目的であった、というのも他ならずこういうことなのである。
こうしたプロセスを経ることによって初めて我々は、例えば「イランでの紛争勃発に際して日本へ物資を輸送する船舶を海上自衛隊が保護する」だとか、はたまた「東シナ海のシーレーンを航行する船舶の安全を保証するために海上自衛隊を当該海域に派遣する」などと言った、国家の選択肢としてのメニューが格段に増えるわけだ。
現在、我が国の国家の血(=石油)を運ぶ動脈(=シーレーン)を、我が国が守っているのは、経済水域の中でしかない。つまり、経済水域よりも外にあるシーレーンの安全を担保しているのは、あくまでもその海域を領有している国であり、そして米軍だけなのである。そこに我が国が介在する余地は無かったのだ。
だが、このテロ特の後継である「メニュー法」の内容次第では、そうした米軍依存の現状を打開できる可能性を秘めている。まだどのように法律を記述していくかの技術的問題をはらんだ段階ではあるし全容が見えてこないのも事実だが、ボケ老人の福田はともかく、石破茂には大いに期待が持てる。
対米追従でアメリカに依存することになるから、と言って遠洋への展開を徹底的に忌避する連中は、長期的に見てそれが米国への更なる依存へとつながることが何故わからないのだろうか。想像力が欠如している。
国家の動脈の安全を他者に任せている、その事実に背を向けたまま得られる恩恵と、そして我々がそうして手に入れた仮初(かりそ)めの平和に、一体どれだけの価値があるだろう。他者から与えられる平和に、違和感も気味の悪さも感じないほどまでに飼い慣らされているのだ。
少なくとも我々はテロ特による国際貢献によって、一定の評価と、次なるステップへの足がかりを得た。宰相の進退問題にまで発展するほどの政情不安定を国際社会に露呈したのもまた、事実ではあるが。
遠洋への軍事的プレゼンスを発揮し、米国からの自立を図る、我が国の新たなメニューとしての新法が制定されることを切に願う。