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革新的デバイス922SHを前にスマートフォン市場の未来はあるか

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スマートフォンのような、ケータイ。それはスマートフォンではない。あくまでもキーボードを積んだだけの、ケータイなのだ。

インターネットマシン Softbank 922SH

 Zaurusを彷彿させる、クラムシェル。背面にはサブディスプレイ、閉じたら電話、開けたらパソコン。その様相はまさに小さなW-ZERO3フューチャーエディション。ウィルコムが将来欲しいと思っていた端末が、コンパクトになって、春に登場する。

 WindowsMobileは積んでいない。スマートフォンでもない。これはW-ZERO3無印後継ではないのだ。

 一般人から見れば、「キーボードがついているパソコンのような端末」というのがスマートフォンに対する単純な印象だったのではなかろうか。

 そもそも「ケータイでもない、パソコンでもない。第三のツール」というのがW-ZERO3のコンセプトであり、ケータイのヘビーユーザー層を取り込んだ面は否めない。特にスマートフォン市場の牽引役であるW-ZERO3[es]シリーズがその役目を果たしている。

 人はなぜスマートフォンを欲するのか、興味をそそられるのか、というのは第一義にはやはり文字入力、つまりはキーボードにあったのではないかと思う。実際に僕の場合もそうだったし、やはり見ただけでわかる他のケータイと違うという部分はまずそこだからだ。

 メールを早く打ちたい、インターネットを快適に楽しみたい、そういう欲求からスマートフォンに手を出す人は決して少なくはないはずだ。絶滅寸前のPDA人口が、スマートフォンユーザーの全てを占めているわけでもなく、ケータイ市場から引き込んだユーザーで、スマートフォン市場が少なくない比率で構成されていることを指摘しておく必要がある。

 つまりキーボードやパソコンライクな点を理由に、スマートフォンに手を出してみたという程度の、スマートフォンを持て余す、使いこなしているとは言い難い、「ケータイ上がりのライトユーザー」と、スマートフォンに興味はあるが、敷居が高くて手を出しづらい、またはキャリアのサービスが利用できないのは不便だと感じている「潜在的ユーザー」が、引き込まれる可能性を秘めている。

 FeliCa、ワンセグ、その他アプリやウェブなど、スマートフォンには切り捨てられた機能が存在する。だが922SHには、それがある。あくまでもケータイという領分からでない程度に、スマートフォンであろうとする922SH。あくまでもスマートフォンというジャンルから、よりケータイに近づくDoCoMoスマートフォンおよび[es]シリーズ、そしてよりパソコンに近づくEM-ONE。パソコンから、それらに近づこうと試みるUMPC。オーディオプレイヤーからケータイに近づこうとする、スマートフォンiPhone。

 ここで我々はひとつの勘違いをしていたことを自覚すべきかもしれない。

 日本市場で受けたのは、いや、本当に求められていたのは、スマートフォンではなかったのかもしれない。あくまでもケータイとパソコンの間を求めるツールとして、ハイエンドなインターネットケータイ、データ通信用のEM-ONE、iPhone、そしてW-ZERO3が、あっただけではなかったか。W-ZERO3が開拓したのは(短期的にはそうであっても)「スマートフォン市場」ではなく、あくまでも(長期的にみれば)パソコン・PDAと、ケータイの中間を狙った「スキマ産業」ではなかったのか?スマートフォンがパソコンとケータイに歩み寄り、ケータイやパソコンがお互いに歩み寄る、この大きな流れの火付け役のW-ZERO3が、たまたま「スマートフォン」と呼べるというだけの話ではなかったか。

 僕はW-ZERO3やWindowsMobileを咎めたいわけでもないし、むしろ好きだ。キャリアお仕着せの仕様でない、カスタマイズが世界のユーザーの手によって実現する。素晴らしいじゃないか。

 だが現実として、そのカスタマイズというただ一点を除けば、燃費も効率も悪くて大きなバッテリーを搭載せねばならず、標準アプリケーションは人間の視覚や操作性を度外視した(言い方は悪いが、信じられないほどに)「ゴミみたいなもの」しかないし、安定性も低く、ハードの重量やサイズは必然的に大きくなる・・・そう、利点は皆無だ。ヘビーなユーザーにはあるが、ライトなユーザーやキャリアにとっては、何の利点もないのである。

 ITmediaに、どうしようもなくiPhoneが好きで、WMスマートフォンが嫌いな評論家がいる。やはり彼らこそが多数派ではないか、と疑わざるを得ないのである。WMである必要性は、不可欠ではない。そう、あくまでも「スキマ産業」の中の、選択肢のひとつでしかないのだと、認めてもいいんじゃないか。

 我々が「スマートフォン市場の開拓者」として愛していた、W-ZERO3。「第三のツール」という名称は、「スマートフォン」へと呼称を変えた。販売側ではなく、ユーザーからのアプローチによって。その正統な後継が、消える。

 922SHという端末が、ケータイ市場からスマートフォンにユーザーを引き入れる橋渡しになるのか、あるいは「スキマ産業」という大きな市場の中の、キャリアやライトユーザーの不要とする、スマートフォンという萌芽を、刈り取ってしまう一撃となるのか。

 W-ZERO3無印後継の消失を嘆くな。彼は子らに託して消えるのだ。スマートフォンではなく、あくまでも「スキマ産業」の中で、PC寄りのユーザーと、ケータイ寄りのユーザーを、それぞれが獲得するために。esシリーズと、UMPCに。

 激化するであろう「スキマの多様化」の中で、W-ZERO3の血を受け継いだデバイスが、今後も戦っていく。最期まで行く末を見守ろうではないか。

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